報農会は、幅広い事業活動を通して、我が国の植物防疫に関する人材の育成や学術・技術の研究支援、
功績者の表彰、交流の場の提供などを行っている公益財団法人です。




沿 革 と 目 的


本会の創始者である故館野栄吉氏(元日本特殊農薬製造株式会社社長)は、生前、農業に於ける植物防疫事業の重要性を認識され、 植物防疫を通じて我が国農家のために報恩することを常に念願としておられ、有益な事業を興すことを遺言として残された。 この遺志をうけつがれ、嗣子館野栄一氏は、基金3,000万円で植物防疫事業発展のため財団法人報農会の設立を企画され、昭和36126日設立の認可を受ける事ができた。平成23年7月1日には、新たに公益法人制度の下で公益法人の認定を受け、「公益財団法人報農会」として再出発した。
 事務局は当初、駒込の鞄本植物防疫協会内におき、事業を開始したが、昭和374月より日本橋の農薬工業会内に、更に昭和446,日本特殊農薬製造株式会社内へと移り、昭和601015日からは小平市にある日本植物防疫協会資料館内へと移り、平成27年1月1日からは小平市花小金井南町へ移転して現在に至っている。
 本会の目的とするところは、我が国に於ける植物防疫に関する学術、事業の発展を推進することであり、その目的達成のため、 植物防疫に関する人材の育成や学術・技術の研究、交流に微力ながら努力している。この間、平成2927日には、家の光会館で開催された創立30周年記念式典において、農林水産省農蚕園芸局 安橋隆雄局長から感謝状を授与される栄誉に浴した。
 設立以来、多くの支援者の篤志を受け、資産も漸次増加し、事業は年々地道にそして着実に進められてきた。昭和61723日には、寄附行為の見直しがなされ、更に平成11712日には、評議員会設置等の一部改正が行われた。平成23年7月1日には、公益財団法人報農会への移行に伴い、寄附行為を全面的に見直すとともに定款を改めた。
本来の目的である植物防疫事業の更なる発展に寄与するため、現在これに必要な事業の推進が図られている。
館野 栄吉
(1886-1960)
館野 栄一
(1914-1982 )

報農会の設立のいきさつについては、日本特殊農薬株式会社の社史、『特農1』に詳しく書かれている。(発行1966年、非売品)
『館野栄吉社長の没後、特農では役員決定によって、3,000万円の功労金を贈ることにしたが、この3,000万円は改めて嗣子館野栄一氏(館野商店社長)から、父の遺志によって、農薬技術を発展させる研究資金にしてもらいたいと、寄贈方が申出られたのであった。 栄一氏によると、館野栄吉社長は生前、藤原銀次郎氏が一億円の私財を投じ、藤原工業大学を設立するという新聞記事を読んだとき、「おれも永い年月、農家の皆様のお世話になった。(彼の営業品目は特農のそれを始め、館野商店でもそのほとんどすべてが農業用品であった)それで営業を保つのに必要な株式を除いて、農家の皆様に役立つ何かをしたいから承知してくれ、 もし生きているうちにできなかったら、お前が遺産相続をする時にするように」と話したという。 館野栄一氏は、この父の遺志にもとづいて3,000万円を、農業を発達させる基礎研究の資金の一部にと寄贈することにしたのだ、 としているが、「父はもっと金があれば、金のある限りのことはしたかったろうと思うが、これだけのことしかできなかったのである。」と語っている。
特農では関係者とはからって、寄贈された3,000万円を基金にし、それに特農から毎期若干の金を拠出することで「報農会」 を設立することにした。この報農会は1961年(昭和36年)22日に設立されたが、現在までに多数の英才の育成、研究に貢献していることは周知のとおりだが、 基金の使い途を決めるつどには、植物防疫に関する最高権威の親睦の場になるという副次的な役目を、 最近では果たすまでになっている。』