田付 貞洋 理事長 挨拶
報農会は、戦前から日本の農薬の近代化に尽力され、1960 年(昭和 35
年)に逝去された日本特殊農薬製造株式会社(当時;現バイエルクロップ
サイエンス株式会社)社長、故館野栄吉氏の「農家の皆様に役立つ何かを
したい」というご遺志を、嗣子故館野栄一氏が受け継がれて、「農業技術
を発展させる研究資金に」と同社に寄贈された 3000 万円を元にして 1961
年(昭和 36 年)に財団法人として設立されました。以後、植物防疫分野
の学術と技術の振興を目的とした事業を行ってきましたが、2011 年(平成
23 年)7 月、新たな公益法人制度のもとに「公益財団法人報農会」と改名
され、新体制での活動を行っています。
現在、目的の達成に向けて報農会が行っているおもな事業には以下の三つがあります。
一つ目は人材育成の一助としての育英事業です。大学・大学院に在籍し、植物防疫分野での活躍が期待される優秀な学生に対して毎月育英費を支給する一方、県の農業者大学校に在籍して農業後継者としての知識や技術を学び、優れた研究を行っている学生を対象として奨学金を贈呈しています。
二つ目は学術および技術の交流です。公開シンポジウム「植物保護ハイビジョン」は、毎年、時宜にかなう統一テーマのもと、研究分野の先端的成果、行政分野の新たな動向、生産・流通現場のホットな話題などを各専門家から話題提供いただいて議論を深める形式で好評を得ています。今年(2015 年)は第 30 回の節目となるシンポジウムを迎えます。ほかに、国際会議出席や留学の渡航費や、海外からの研究者招聘に対する援助も行っています。
三つ目はわが国の植物防疫の発展に長年にわたって貢献された功績者の表彰です。植物防疫は多くの方々の地道な努力の積み重ねによって支えられ、発展してきました。当会は、防除体制の確立、関連業界の発展、技術の普及や指導などでとくに功績の大きかった方々に功労賞を差し上げています。
植物防疫には、言うまでもありませんが、農作物の有害生物を管理することによって生産物の質と量の維持・向上に寄与することが求められます。国内をみますと、気候変動、物流の拡大、農業者の高齢化などにより農業環境が大きく変化し、それによって有害生物も被害の態様も変化しています。稲作害虫を例にとれば、かつての大害虫ニカメイガがマイナー害虫になり、代わって斑点米カメムシ類がクローズアップされていますが、その対策には水田だけではなく、農地周辺から隣接する森林までを視野に入れた広域の管理が必要とされています。ウンカ類では高度の殺虫剤抵抗性を持つ個体群の飛来が問題化していますが、これなどは国や地域の間で研究者間の交流と情報交換がなければ解決が難しいでしょう。植物防疫の学術や技術も当然これら内外の変化に鋭敏な対応をしていく必要があります。当会も設立の原点を振り返って視野を広げ、「農に報いる」ための方策を探っていきたいと思います。
最後に、報農会理事長の大役を仰せつかりましたが、歴代理事長とは異なる背景をもつ者にこの重責が務まるのか、とご心配の方もいらっしゃることと思います。これは当の私の心配でもあるのですが、内閣府、農林水産省をはじめとする国・県の行政・研究機関、関連業界など、多くの方々のご指導・ご支援、さらに前理事長はじめ報農会諸先輩および関係の皆様からお力添えをいただけるものと勝手に決めこんでお受けした次第です。微力を尽くす所存でおりますので、どうかよろしくお願いいたします。
[理事長略歴]
東京大学農学部害虫学研究室卒業後、理化学研究所昆虫薬理研究室、
筑波大学農林学系応用動物研究室助教授を経て
東京大学農学部害虫学研究室助教授、教授ののち同大学名誉教授。